塩はパン作りの主材料ですが、その配合量はわずか2%です(対小麦粉)。そんな少量で入れても意味あるの?と思いがちですが、塩には味以外の大きな役割と意味があります。ちょっとの量でも、適正な発酵をしっかりサポートしています。塩の役割に加え、適正な添加量とパン作りに向いている塩についても、解説していきます。さっそく見ていきましょう↓
1.塩を入れる意味
パン生地における塩の効果は、主に次の5つです。
- パンの味を良くする
- パンの骨格、グルテンを強化し、ガス保持力をアップさせる
- 雑菌の繁殖を抑える
- 発酵阻害物質を抑制することで、発酵をサポートする
- 実は、パンの焼き色をよくする
それぞれの効果について、見ていきましょう:
1-1.パンの味を良くする
塩はパン生地に、適度な塩気をプラスします。塩をいれることで味が引き立ち、塩なしパンと味比べすれば、その差は歴然です。
余談ですが、パン屋で「ゲレンデの塩を使用」などのプライスカードを目にすることがありますが、個人的には粗塩系は、生地内に添加するよりも、プレッツェルや塩パンみたいにポイントで使うほうがおいしいと思います。
※詳細は、下記「3.パン作りに向いている塩」にて。
1-2.パンの骨格、グルテンを強化し、ガス保持力をアップさせる
グルテンとは、パンの骨格を支える構造のことです。この構造は網目のような形をしていることから、「網目構造」と表現されます。この網目に、イーストが発酵で生成したガスを、どんどん保持していくことで、パンが膨らむのです。
グルテンは、小麦粉内に含まれるたんぱく質のグリアジンとグルテニンに水を加え、捏ねる(物理的な力を加える)ことで、生成されます。適切に、ミキシングすることで、生地に伸展性(のび・アシ)と弾力(コシ)がつき、ふっくらとしたパンが仕上がります。
☞グルテンの詳細はこちら:パンの発酵の仕組みと、発酵を左右する要因【わかりやすく図解】
☞イースト(発酵)とグルテンの関係【発酵で食感がどう変わるのか】
グルテンの伸展性と弾力は、ほぼ最初のミキシングの強さで決まり、その後のパンチ、分割、成型の工程で調整をします。しかし、塩なしでは、最初のミキシングでグルテンが強くならず、その後の工程でいくら調節しても、パンの骨格を維持できるまで強くはなりません。
■ 塩は、生地内の酵素プロテアーゼに働きかける
生地内には、プロテアーゼというたんぱく質分解酵素がありますが、この酵素の働きによって、生地の伸展性がアップします。塩は、プロテアーゼに働きかけ、生地の伸びをよくさせ、グルテンの発酵ガス保持力(ガスを焼成時までしっかり抱え込む力)をアップさせます。ガス保持力が高い生地は、スダチ(パンをスライスしたときの断面・内相)が細かくなり、くちどけをよくします。
■ 塩は、グルテンを引き締める
グルテンの網目は、時間が経つと発酵等の影響で緩みがちになりますが、塩はグルテンの網目をひきしめる効果があります。ひきしめ効果により、生地の弾力がアップし、ガス保持力もアップします。
このように、塩を添加することで、グルテンの伸展性と弾力をアップする効果があります。その結果、イーストが発酵で生成した炭酸ガスを焼成まで保持し、ふっくらしたパンができるのです。
1-3.雑菌の繁殖を抑える
■ 塩は、水分活性を低下させる
塩は、雑菌繁殖防止の効果があります。その理由は、塩は砂糖と同様、水分活性を低下させるからです。水分活性とは、食品に含まれている自由水の割合で、0~1で表します。食品には2種類の水分が含まれています:
① 自由水:カビや細菌等の微生物が利用できる水で、自由水の割合が大きい
ほど、微生物が繁殖しやすくなります。
② 結合水:食品中の他の成分と水素結合で束縛されている水で、微生物が自由に利用できない水のことです。結合水の割合が高いと、微生物が繁殖しずらく、食品の長期保存が可能になります。(例えば、塩漬けは保存がききますよね、)
塩は水分活性を低下させることで、雑菌の繁殖を防止する効果があります。
さらに雑菌関連でいうと、塩は長時間発酵では異常発酵を防ぎ、異臭の原因を取り除く効果があります。食品衛生の観点でも、塩はパンに欠かせない材料なのです。
1-4.発酵阻害物質を抑制し、発酵をサポートする
小麦粉中には、パン酵母の作用を阻害する微量物質の、ピュロチオニンが存在します。ピュロチオニンは、発酵阻害物質ですが、塩はこの物質を抑制します。つまり、イーストの発酵を邪魔する物質を抑えこみ、結果発酵のアシストをするのです。
1-5.実は、パンの焼き色をよくする
生地中にある、小麦粉のでんぷん(糖分のかたまり)や砂糖(ショ糖)は、イーストのエネルギー源として利用されます。イースト内の酵素が、これらの糖分を分解・作用することで、イーストは発酵ガスとアルコールを生成し、パンを膨らませています。塩は、これらの酵素の作用を抑制する働きがあります。この抑制力がなぜ、パンの色づきをよくすることにつながるのでしょう。
■ 塩は、焼き色の決め手である残留糖を増やす
生地を焼成すると、おいしそうな茶色になりますが、これはイーストが発酵で利用しきれなかった糖分(残留糖)のおかげです。残留糖が、焼成時に加熱されると、カラメル化反応を起こします。
さらに、残留糖と生地内のアミノ酸が一緒に加熱されることで、メイラード反応を起こします(ステーキが焼ける原理と同じ)。この2つの反応が、生地を茶色く香ばしいパンへと変化させます。
塩が、酵素の作用を抑制することで、焼成時の生地内の残留糖を増加させ、2つの焼き色反応が起こりやすくなります。結果、パンの色づきがよくなるのです。
■ さらに塩は、たんぱく質をアミノ酸に分解する酵素に働きかける
カラメル化反応は、糖分の加熱で完結しますが、メイラード反応は、糖分とアミノ酸が一緒に加熱されなければ、パンを茶色く香ばしくできません。
生地内のたんぱく質は、プロテアーゼという酵素の作用によりアミノ酸に分解されます。このアミノ酸が残留糖と共にメイラード反応を引き起こします。塩は、たんぱく質分解酵素のプロテアーゼに働きかけ、メイラード反応を引き起こしやすくします。結果、パンの色づきをアシストしているのです。
☞カラメル化反応と、メイラード反応についての詳細はこちら:砂糖とパン作り【砂糖の効果をやさしく解説します】
2.塩の適正な添加量は、対粉0.8%~2%
塩は添加量が、小麦粉に対して0.8~2%程度で、上記の効果を発揮します。(小麦粉100gの配合であれば、添加量は0.8~2g程度)。しかし、4%以上添加すると、パンをしょっぱくする、イーストの発酵抑制してしまうなどのマイナス影響が出てきます。
■ 生地によって、添加量を調整する
食パンやバゲットなどのシンプルなパンであれば、1.8~2%の添加量が◎です。
一方、砂糖が多めの菓子パンの場合は、0.8g~1gに量を減らすと、砂糖とのバランスが取れつつ、グルテンも強化されるのでふくらみます。菓子パンについては、生地の塩の添加量もと同時に、中に包むあんや、クリームの甘さとのバランスも重要になります。
2-1.塩の添加量 0% vs. 4%:各工程への影響
ここまで、適正な塩の添加量におけるパン生地への効果を見てきました。それでは、塩を生地に添加しない場合と、添加量を増やした場合とでは、生地にどのような影響があるのでしょうか?
各工程への影響を比較していきましょう:
塩の添加量 | 0% なし | 4% 過剰 |
ミキシング | ・生地がまとまりにくく、だれる、べたつく。
・ミキシング不足の生地のように、グルテンが生成されていない状態。 |
・なめらかでグルテンのつながりがよい。
・粘弾がよくなるので、ミキシング時間が長くなる。 |
発酵 | ・塩の酵素抑制効果がないため、過発酵になりがち。
・ガスがたくさん生成されるので、ボリュームは出ているが、グルテンが弱いので、ガス保持はできず、作業に入ると生地が切れやすい。 ・最終発酵は短くなる。 |
・塩が酵素の作用を抑制しすぎるため、イーストが糖分を発酵に活用できない。そのため、発酵不足で生地のボリュームが小さい。
・ガス保持力は高い(しかし、保持する発酵ガスが不足している)。 ・生地がしまりすぎ、伸展性が欠けている |
焼成 | グルテンの膜がもろく、ガスを保持できないため、窯伸びしない。 | グルテン膜はしっかりしているが、発酵ガスがないので、窯伸びしない。 |
☞パンの工程については、こちらで詳しく解説しています:パンの作り方:計量から焼成まで【基本の工程をやさしく図解】
2-2.塩の添加量 0% vs. 4%:焼き上がり
塩なしの生地と、塩多めの生地の焼き上がりを比較していきます:
塩の添加量 | 0% なし | 4% 過剰 |
外観 | ・厚いクラスト。 ・焼き色が薄い(イーストが糖分を発酵で使いはたし、焼成時に焼き色をつけるカラメル化反応や、メイラード反応に使える残留糖がほぼないため)。 |
・塩の酵素抑制作用で、残留糖が多いため、焼き色が濃くなる。 |
内相 | ・グルテン結合が弱く伸展性に欠けるため、成型時の生地の傷みが、空洞になっている。 | ・グルテン結合が強いため、膜はかなり厚い。 ・伸びていないので、すだちは丸い。 |
食感 | ・味気がない。 ・発酵が進みすぎて、生地が乾きやすい。(糖分は、水を抱え込んで離さない性質があるが、ほとんど発酵で利用されてしまい、生地が乾きやすくなる) |
・しょっぱい |
もし、焼き上がりの製品の内相が、膜厚になってしまうときは、塩の添加量を0.2%ほど減らすと改善されることが多いです。
食塩は、塩化ナトリウムとも言いますが、塩化ナトリウム99.5%の塩が通常製パンで利用されています。残りの0.5%は、マグネシウムやカルシウムなどのミネラル分で構成されています。
塩化ナトリウムは、味的には、海水塩であろうと、岩塩であろうと、ピンクソルトであろうと変わりません。ただ、塩によって、塩化ナトリウムの量が異なってきます。今までと異なる塩でパン作りをするさいは、塩化ナトリウムの量が今までの塩と同量になるように調整したほうが、味的に安定した製品ができるかと思います。
3-1.塩の種類
塩の種類は、大きく下記に分類されます。
1.精製(海水)塩
海水の塩分濃度を徐々に高めて、最後に加熱濃縮して作ったものです。海水中には、約2.8~3.4%の塩化ナトリウムが含まれています。
2.岩石(天然物)
主にオーストラリア、メキシコ、中国などから輸入されたものが使われています。
3.合成塩
塩化ナトリウム99.5%と、微量の硫酸カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸ナトリウムなどを含んでいます。カルシウムは、水の硬度を調整し、マグネシウムは、グルテンを引き締める効果があるとされています。
4.一般市販品
食卓塩、天塩、精製塩など。日本たばこ産業(株)では、塩の種類を製造法などで細かく分類しています。外国から輸入したもの、天日塩をそのまま粉砕したか(原塩)、溶解して再製加工したか(食卓塩など)、また日本近海の海水の場合はその製造法で、塩が分類されます。
パン作りにおいては、一般市販品の食卓塩で十分です。
3-2.塩の種類、ミネラルと味について
ミネラルについて:塩化ナトリウムの量が少ない塩は、ミネラル分が多い塩とも言えます。しかし、塩をハイブランドのミネラル塩に置き換えたところで、劇的にミネラル摂取量が増えるとは言いがたく、栄養価的な効果は得られないのではないでしょうか?
味について:たしかに、数種類の塩をならべて、お刺身やお肉を直接つけていただくと、それぞれの塩の違いがわかる場合があります。しかし、パン生地に混ぜてしまえば、違いが分かる人は正直いないのではないでしょうか?
下記個人的な意見ですが、いわゆるブランド塩や岩塩は、その粗い食感や、くすみがかった色であったり、原産地の知識が「この塩、おいしい」と感じさせてくれる重要な要素だと思います。生地に入れたら、その他の材料に負けてしまい、味的にはただの塩です。(もちろん、「○○塩が入っているパン」というだけで、おいしい気がしたり、商品の付加価値をアップさせることができますが。)
そのため、どうしても変わった塩を使いたい場合は、プレッツェルみたいにポイント使いするか、フォカッチャみたいに焼成後にパンに振りかけたり、ちぎってつけて食べるほうが、見た目的にもよりおいしくなると思います。
4.まとめ
- 塩は、発酵阻害物質を抑制することで、発酵をサポートし、かつグルテンを強化し、ガス保持力をアップさせる効果がある。これにより、パン生地が適切に発酵し、焼成後は窯伸びし、焼き色もよく、すだちがきめ細かい製品になる。
- 塩は、雑菌の繁殖を抑え、過発酵の場合でも異臭の原因を取り除く効果があり、食品衛生面でも効果を発揮する。
- 塩は、パンの味を良くするが、味の安定において重要なのはブランドよりも、塩化ナトリウムの量である。
- パンの添加量は、生地の種類で調整したほうがよく、シンプルなパンの場合は、対粉1.8~2%、菓子パンの場合は、0.8%程度の添加量が無難である。
5.最後に… 塩なしパンも実はある
塩は、味以外にも発酵のアシストをするパンには欠かせない材料です。時には0.1%単位で添加量を調整する材料なので、生地作りの際はきちんと計量しましょう。
これだけ塩の効果を説明してきましたが、実は世界には、塩なしパンも存在します。イタリアは、トスカーナ地方で有名な「パーネ・トスカーノ」というパンは、塩を添加しません。この塩なしパンができたのには、12世紀のトスカーナ地方の政治情勢や、13世紀~のイタリアの貧困や、塩への課税などいくつかの説があります。いずれにせよ、塩が貴重で高価だった当時、パン屋が毎日食するパンに塩を入れないで作ったのが始まりとされています。味気のないパンをおいしく頂くため、パーネ・トスカーノに合う味の濃い料理(トマトを使った、パッパ・アル・ポモドーロ等)が工夫され、現在も郷土料理として食されています。
塩が入っていたほうが、もちろんパンとしてはおいしいですが、このような歴史的事情で誕生したパーネ・トスカーノと、当時の人がこのパンをおいしく頂くために工夫した料理が現在まで引き継がれ、愛されているのは、すごいことだと思います。
☞パーネ・トスカーノに興味のある方、レシピや背景詳細は、こちらでご紹介してます:Pane Toscano パーネ・トスカーノ【塩なしパン】
それでは今日も、パン作りを楽しんでください:)